世の中の相似性に気付けると孤独なライターの道は拓くかもよ

 

この世の中は相似性に気づけば、誰でも成功に近づく

 

世の中には、一見関係ないような事柄でも物事の本質を考えると、今まで気づかなかったものでも意外に類似性があり、同じパターンの事柄としてグループ化できます。

少し例に出すと「教育」と「恋愛」も相似性があります。

もっとも、これだけでは全く分からないですし、範囲が抽象的過ぎるのでちょっと的を絞って解説していきます。

 

たとえば、教育ママ。(いわゆる「スネちゃま、お受験ザマスわよ!」って言うようなママです(*´ω`))

偏差値競争の勝者になれば子供が幸福になれると信じているママが世の中には事実としてたくさんいます。

 

「教育」は最近では、若い世代の意識は少しずつ変わってきたような感じもしますが、それでもまだまだ母親が「一流大学」信者のご家庭は多いですよね。

それは何故かと言うと、「一流大学」に入れると「一流企業」に入りやすいので、「一流大学」に入ることこそが安泰の人生を送れるとみんなが信じているからです。(超一流メガバンク数社は2万人のリストラを発表しましたが(汗))

 

そのために幼い頃から

「一流大学に入るために今から頑張って!」

「入れたら一流企業に就職できるから!」

と我が子に教育ママは発破をかけます。

そして、その子供は、友達と楽しく遊ぶ時間を削り、夕ご飯も塾の近くのコンビニで済ませ、学校が終わってからも夜22時くらいまで勉強漬けの毎日を送ります。

 

そして、悲願の「一流大学合格!」

 

教育ママも長年の自分の努力が報われたと涙を流して喜びます。

 

ですが、ママは「我が子が一流企業に就職できたからもう安心♪」で終わるかもしれませんが、

子供は、次は一流大学出身の優秀なライバル達との熾烈な出世競争が待っています。

ある意味、大学受験よりもシビアで残酷なレースです(汗)

会社を稼がせるために、上司に気に入られるために自分の時間のほとんどを使い、

滅私奉公が当然とする雰囲気の中で生活のほとんどを過ごします。

一番の大義名分は、住宅ローンや子供の養育費の支払い、老後の年金の貯蓄です。

そのために、長時間労働、休日出勤にいとわず懸命に働く・・・。

この環境から逃げ出したいのが本音だけど、仕事も家庭も背負うものが次第に大きくなり、逃げれない状況に。

そして、いつの間にか自分で納得したふりをして、超ハードな仕事をさせられる同じ会社で退職まで勤め上げます。

 

これが幸福だからと信じた教育ママの疑いのない献身的な我が子へのサポート愛が、既存のプラットフォームに乗ったことにより我が子の人生を決定づけたのです。

 

こういう生き方はごく最近までは一般的で、疑問に感じる人は少数派でした。(むしろ一流企業に就職できたら羨望の眼差しでした)

決してそれが間違っていると言うことではないのですが、みんなを単一方向の価値観にさせ疑問を持たずに走り続けさせる日本の「教育」がそうさせたことは否めないと思います。

 

 

一方、この傾向は、医学的な脳の機能からみれば、「恋愛」も相似性があることがわかります。

 

たとえば、普段は「やっぱり男は中身よね!」と言っていた女性が、急にダメ男に盲目的な恋をしている時も同じです。

口だけはうまい男の「言葉のマジック」によって、ある日からその彼の虜になってしまうのはよく聞く話ですよね(汗)

そのダメ男のために、彼の家では料理・洗濯・掃除まで献身的にこなし、そして情が移り、最終的にはお金まで貢ぎます。

彼に尽くすことが当然であり、これが彼にとっては一番幸せなのだとサポートしている自分に納得します。

一番の大義名分は「私がそばいてあげないと、彼はダメになるの」という情や母性本能です。

そのために長時間、休日いとわず彼のために自分の時間を捧げます。

 

これら二つの例に対して、

 

「もっと幸せになる別の方法あるよ」

 

と客観的に判断し、親身になってアドバイスくれる友人がいても、

これまでに費やした膨大な時間が無駄になると感じたり、自分の過去を自分だけは肯定してあげたいという心理が働くのでなかなかリセットすることができません。(本当はリセットではないのですが(*´-`))

 

ですが、こう考えると「教育」と「恋愛」はまったく関係性がないと思えるようなことでも、見方を変えればその両者には「相似性」があることが発見できます。

 

そして、たとえ僕も読者様も、誰でも常時、偏ったデータばかりをインプットしていると、偏ったことを信じてしまいます。

 

与えられた環境や状況に適応してストレスなく生きることは誰もが望んでいることであり、

偏りが仮にあったとしても、とりあえず現状の変化がなく、ストレスが小さいほうを選択してしまうのは人の本能としてはごく自然な働きだからです。

 

裏を返せば・・・

 

今までの常識であるが故に、自分の判断や信じていることは正常だと感じていても、

自分の所属する集団以外の人から見れば、

 

「もっと幸せになる別の方法あるよ」

 

という可能性が常にあるということです。

 

つまり、我々は世の中の相似性を発見することで、今まで気づかなかったことに気づいたりすることがあり、

それが出来れば、近視眼的な見方ではなく、上空から下界を眺める鳥のように、対局的な視界で物事をみることができるのです。

 

上記の「教育」や「恋愛」の相似性から得られる教訓は以下の通りだと思います。

 

  • 社会通念上のこれまでの考え方、やり方、仕組み、構造が正解だというわけではない
  • ある一つの所属を追求することが幸福や安定をもたらすというわけではない

 

 

「ライター」における「教育」「恋愛」の相似性

僕は駆け出しライターの頃、ずっと独りで寡黙に書き続けていました。

書いてはクライアントに納品し、納品後はとくに感想もなく報酬だけを受け取る毎日でした。

たしかに銀行口座をみれば、数字だけは増えていきました。

それが安定といえば人によってはそう思うかもしれません。

ですが、そんな無機質なものを見てもちっとも心の中は面白くありませんでした。

 

また、時にはライターの僕を気に入って下さったクライアント様もいました。(まさか僕を気に入って下さるなんてかなりレアな存在です(*´-`))

専属でお付き合いすることになり、しばらく同じサイトで同じジャンルの記事を書き続けました。

確かに文字単価も上がりましたし、書くたびに専門的知識がさらに深まり勉強になったので良かったです。

ですが、それ以外は特に状況は変わらず、相変わらず独りで書き続け、流れ作業のように納品、そして口座確認の日々・・・。

やはり人間は、ずっと単調で変化のない無風状態で取り組んでいると続かないです。

まるで時間が経った風船のように、やる気が次第にスーッと抜け、何かが萎んでいきました。

 

そして、僕は次第に書くこと自体が嫌いになってしまったのです。

 

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ

ドイツの偉大な政治家

ビスマルク

これは、ドイツの偉大な政治家ビスマルクの言葉です。

 

僕なりにこの解釈をお伝えすると、

賢い人は、物事の相似性に気づいて、歴史などの他者の経験から自分が直面している問題への教訓を学びとれる、という意味です。

逆に愚かな人は、世の中に溢れる相似性に気づけず、世の中にあふれるヒントを自分が直面する問題に教訓として活かせない、という意味です。

 

お恥ずかしい話なのですが、過去の僕は愚者そのものであり、駆け出しライターの頃は数多くの失敗や挫折を経験しました。

本当に文章を書くセンスがなかったので、傷つき、劣等感に苛まれ、何度も「辞める」選択が頭の中にちらつきました。

また一時は、ライターという仕事が嫌いになるまで追い込まれたこともありました。

そして結局、

「これがライターの仕事なのだ」

と自分を納得させていました。

 

ただ、あの時は、挫けそうにも何度もなりましたが、それでも少しずつでも前に進み続けてみようと思いました。

「ライティングの可能性」だけは信じていたからです。

なので、決して辞めることはしなかったですし、だからこそ、少しずつ少しずつ成長できたのではないかと思います。

 

あれから僕は、今ではおよそ100名の女性ライターと一緒に仕事をするまでになりました。

過去の自分と似た境遇にある仲間達には本当に共感できますし、

少なからず自分の経験を通してアドバイスが出来ているのではないかと思います。

だからこそ、少しずつ気の合う仲間が集まってきているのだと思います。

 

このブログでお届けするものは、そんな僕の「生きた経験」そのものだと言って過言ではありません。

そして、

 

  • 社会のこれまでの考え方、やり方、仕組み、構造が正解だというわけではない
  • ある一つの所属を追求することが幸福や安定をもたらすというわけではない

 

先ほどご紹介したこの相似性は、ライターの仕事や業界においても同様であると思います。

 

ライターという仕事は資格も要らないですし、誰でも簡単に挑戦できる仕事としてはすごくオススメです。

ですが、記事案件を受注するにしても競争率が激しく、なかなか仕事を取ることが出来ません。

そして、たとえ運良く受注出来ても孤独に取り組み、納品しても誰からの反応もなく、報酬を得ればそれで終わりです。

 

ゆえに、仕事を始める人が多い反面、かつての僕のように傷つき、劣等感に苛まれ、

そして結局、辞めていく人がそれ以上に多いのがこの業界の常識でした。

 

ここで、上記のビスマルクの教えを参考にすれば・・・

 

物事の相似性に気づけば、これまでの僕の経験からライターが直面している問題への教訓を学びとれるはずです。

 

逆に、世の中に溢れる相似性に気づけば、そこから得られるヒントをライターが直面する問題に教訓として活かせるはずです。

 

だとするなら、

 

従来のライターとしての仕事に対する考え方、やり方、仕組み、構造を変えることができれば、

全てのライターは、もう孤独を味わうことなく「書くことが楽しい」と感じ、毎日がワクワクして取り組めるのではと僕は考えました。

 

そして時代は今、一つの会社に縛られず、オンラインコミュニティーを作り、価値観や目指すべきものなど熱量が一致する人たちだけで集まり、

自分が本当にやりたいことを好きな時に好きなだけやれる仕事形態がとても注目されています。

(詳しくはパッションエコノミーで調べてみてください)

 

それが実現できれば、決して稼ぎだけでは得られない幸福や安定を実感することができるはずです。

 

僕は、過去の自分と同じような辛い経験は、これからのライターには味わって欲しくはありません。

だからこそ、ここで僕は、今も孤独を感じ、この先も書き続けることに悩んでいるライターに伝えたい。

 

「もっと幸せになる別の方法あるよ」

 

世の中の相似性に気付けると孤独なライターの道は拓くかもよ。

この書人達のように。

 

 

ケント

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