ケントです。
いつもありがとうございます。
僕はウェブ空間の中で作ってみたい世界があります。
しかしながら、その規模が大きくて一人では到底成し遂げられません。
なので、自分の世界観に共感してくれた女性ライターと一緒に取り組んでいます。
嬉しいことに今はおよそ100名の仲間が集まってくれました。
一緒にあーでもない、こーでもないと言いながら毎日ワクワクしながら取り組んでいます。
僕の実現したいことは、女性、とりわけ主婦さんが「書人」として活躍できるステージを作ることです。
ちなみに、このコミュニティーの中では、みんなお互いを「ライター」ではなく「書人」と呼んでいます。
ライターはクライアントへ記事を納品し報酬を得れば基本それで終わりです。
また新たに次の記事に着手し、クライアントへ納品。
そしてまた次の記事へ・・・。その繰り返しです。
ライターとは書く仕事ですが、ごく一部の恵まれた高報酬ライターをのぞき、
生涯これを独りで続けていくのはなかなかの覚悟がいると思います。
何よりも自分の資産としては残りませんよね。
「書人」
自分のために記事を書き、着実に自分の資産として残し、それを「個のスキル」として世の中に発信し稼ぐ人
僕は「書人」をこのように定義しています。
そして、気の合う「書人」が集まり、「ライティングの面白い未来」に向けて全員で取り組んでいく環境、
すなわち、
「書く仕事」を「書く人生」にできるコミュニティーの形成
これを実現するために現在進行形で取り組んでいます。
コミュニティーの中には本当に尊敬でき、魅力的な書人がたくさんいます。
そこで、今回はその中の一人の書人を紹介したいと思います。(ブログは共有できるのでお招きし、執筆してもらいました(*´ω`))
もし良かったら、読んでみてくださいね。
もしかしたら、読者様のライター人生において何かのきっかけになるかもしれません。
ケント
はじめまして!こんにちは!RINZU(リンズ)(@RINZU01231)と申します。
私は現在、専業主婦ですが、出産前までは、保育士を約12年行っていました。
もうすぐ2歳になる子どもを、自宅で見ながらライターをしています。
(Twitter: https://twitter.com/RINZU01231 にて、日々のつぶやきを更新してますので、覗いてみてくださいね♪)
今回、ケントさんに「書人からの手紙を書いてみませんか?」とお誘いを受け、自分にも書けるのだろうか?とドキドキしながらパソコンの前にいます…。
- なぜ私がライターを目指すようになったのか?
- これからどのように活動していきたいのか?
私が、今までどのような人生を歩んできたか、振り返りながらご説明していきたいと思います。
少々長くなりますが、最後までお付き合いいただければ嬉しいです!
【嘘と本当の私】幼少期から学生時代
私は、小さい頃から、明るい性格だけど、人見知りが激しく、打ち解けるまで時間がかかる子でした。
昔から、人を楽しませたりすることは好きで、家族や親しい人たちの前では、おちゃらけていて、かなりふざけたことをしていました。
しかし、その姿を見せるのは、親しい間柄の人たちのみ。
新しい環境の場面では、周りの様子を伺っておしとやかな女性のイメージを保っていました。
私が本当の自分を出せるようになってくるのは、最低でも約1年かかると思います。
それでも、半分は隠している状態です。
完全に素の自分を見せられるようになるのは、2〜3年経つあたり。
実際、夫とは、出会ってから結婚するまで約3年かかりましたが、本当のふざけた私が分かったのが結婚した後だったようです。
「出会った頃は、こんな面白い子だとは思わなかった(笑)」と何回も言われました。
よく親しい間柄になった友人からは「最初のイメージとは違って面白い子」「第一印象では、おとなしい子と思っていたら、楽しい人だったんですね!」としょっちゅう言われます。
かなりのギャップがあるようです。
なぜ、そんなにギャップがあるのか?
理由は、相手に良く思われたいと思いすぎる性格が邪魔していること。
すぐに、「嫌われたらどうしよう」「今、こんな行動をとったら変な子と思われるかな」とすぐ考え、悩んでしまいます。
とにかく、本当の自分を見せることを怖がっているのです。
小さいころから、「もっと人目を気にしないで生きたらどんなに気楽なんだろう…。」と人間関係にとても悩んでいた時期もありました。
そんな人間関係に臆病な私が、夢中に続けていたものがあります。
それは、「ダンス!」
小さいころから踊ることが好きで、TVのダンスや、発表会でのダンスを真似したり、家でも自分で作った踊りを披露したりととにかく暇さえあれば踊っているような子でした。
そんな私は、ダンスが好き!という気持ちだけで、ダンス教室を小学校2年生から出産前までの約25年間同じ教室で習っていました。
(なお現在も、継続中!)
自分の口で表現することより、ダンスで表現することの方が、気楽に楽しく自分を表すことが出来ました。
そして、ダンスでスポットライトを浴びることで、自分ではない別の自分を演じることがとても楽しかったのです。
【理想と現実に苦しむ】保育士時代
私は、小さい頃から、将来、幼稚園や保育園の先生になりたいと思っていました。
理由は子どもが好きなこと、ダンスや工作、折り紙、運動などが得意なため、特技を活かせた職業につきたいと思っていたからです。
そして、勉強を積み重ね、念願の保育の仕事に携わることに!
しかし、夢の職業についたのに、歳を重ねるごとにどんどんヤル気を失くしてしまうのでした。
私が入った職場は、いわゆるブラックと言われてもおかしくない園でした。
詳しくここではお話しできませんが、保育中に保育士が足りなくなる状況がしょっちゅうで、昼休みはほぼなく、ご飯をかき込むこともしばしば。
朝から晩までシフト制で、休みなしの勤務を月〜金続け、(土曜も隔週で出勤)家に帰っても持ち帰りの仕事があり休みなし。
行事前になると週6出勤が約1ヶ月続き、代替えの休みはなし。
帰り際に、「今日居残りね!」と急に言われたり、シフトを交換するのが一番頭を使うので、逆に交換しないで残業した方がマシ。
水分補給や休憩しているとサボっていると怒鳴られる…そんな園でした。
さらに、上司に怒られることにビクビクしながら毎日を過ごす日々を送っていたのです。
いくらダンスで心身を鍛えている私でも、神経をすり減らし、体力勝負の子ども達を相手に休みなく働いていたら、疲れてきます。
「ああ、眠くて起きられない」
「疲れが全然取れない」
「風邪がひどすぎて、咳が止まらないし、微熱気味…」
けれど、体調不良で私が休んだら、もっと周りに迷惑がかかる。
そんな考えをもちながら、具合悪くても、薬で誤魔化しながら休まず仕事をしました。
はじめは何事もなく過ごしていましたが、次第に、体にも不調のサインがあらわれてきました。
どんな不調かというと、「頭痛」と「手湿疹」です。
誰にでも慢性的に起こる症状ですが、私はこの2つの症状が特にひどく、家族や、同僚に何度も心配されるほど、表に現れていました。
(先に言っておきますが、現在は、この2つの症状は、ほぼなく、快適に過ごせています。最大の原因は、私の場合は、ストレスだったようです。)
どのくらいひどい症状だったのか、少々説明していきますね。
私の「頭痛」症状は、梅雨時期と秋口に、約1ヶ月明け方に毎日起こり、目から涙が出たり、金づちで殴られたような痛み、また、片方の顔面痛などが2〜3時間ほど同じ時間帯に続くものでした。
この症状は、睡眠中に起こることが多かったのですが、仕事中にもなることがあり、顔面の苦痛に耐えながら、過ごしたこともあります。
この頭痛期間になると寝ることが怖くなり、「いっそのこと、ずっと起きてたらいいのではないか…」と考えたこともありました。
そして、「手湿疹」の症状は、手全体が発疹になり、かきむしり、ひどい時には手全体がただれたようになり、四六時中痒みに襲われていました。
特に、寝ている時にかゆみがひどくなり、血や汁が出てしまったり、パンパンに膨れていることもありました。
薬を塗って、綿手袋をしたり、絆創膏でミイラのように、5本の指から手のひらまで、ぐるぐる巻きにしている時期もありました。
給料の半分が、絆創膏に消えた事も。
そして、仕事柄手を洗うので、なかなか完治することがなく、約10年ほど毎日薬を塗っても、治りませんでした。
「どんなに、この手が痒くなかったら、快適なんだろう」と何度も思いました。
また、メンタル面でも不調がありました。
怯えながらの生活のため、メンタル面では浮き沈みが激しく、疲れすぎると、急に涙がでたり、夢の中でも仕事の夢を見て、夢か現実か分からない状態まで陥っていました。
そんな中、唯一のストレス解消法は、「ダンス」だったのですが、20歳を過ぎたころから、だんだん踊ることが楽しめず、義務感で通っているようになってしまったのです。
ダンスを長年続けているという理由で、周りの期待の声や先生からのプレッシャーを多く受け、リフレッシュで通っているはずなのに、次第にダンスをするのも苦しくなってきていました。
しかし、ダンスは好きという気持ちは本当なので、継続していました。
仕事も途中で投げ出す事は嫌なので、休まず辞めずに続けていたのです。
しかし、そんな生活が出来ていたのは、独身だったため。
結婚を機に、今まで意地で頑張ってきたものが、次第に崩れ始めたのです。
多忙な新婚時代でみえた「本当の心」
結婚を機に私と夫は、2人とも実家暮らしからアパートでの2人暮らしに変わりました。
夫は、夜勤のある工場勤務。
一方、私は早番遅番のあるシフトで、土曜出勤もありました。
今まで、お互いサポートありきで激務をこなしていたので、2人暮らしになったら生活が激変!
ギリギリで生きていたのに家事がプラスになった事で、不満が爆発し、2人の間で衝突がたくさんありました。
例えば、
- 私が遅番後すぐに夕飯作りをしているのに自分が帰ってきて、何も出来ていないことに、ため息をつかれ、爆発。
- 激務後、ふらふらの中料理をし、完成したのに、手を滑らせ、おかずをぶちまけてしまい、号泣。
- 早番遅番の組み合わせでは、ほぼすれ違い生活の週もあり、会話ができない。
- 夫も夜勤で激務だが週5勤務、私は週6勤務で、むしろ私より、夫の方が家にいる時間が長く、家事の割合に不満を持つ。
- アパートの冬は寒くて、なかなか風呂が沸かず、お互い次の日早番だが、私の方が夫より更に早番。イライラして、急かされて入ったらぬるい風呂で、爆発。
などなど。
とにかく、不満だらけでしたが、何とか、とにかく2年間は我慢して過ごしました。
そして、妊娠を機に、さらに今後の生き方について悩むようになりました。
私の園は、産休、育休を最近取得できるようになっていました。
しかし、私が出産した後、仕事復帰して、こんな生活を続けられるのか?
しかも、今度は子どもが増えた生活で。
さらに、追い討ちをかけるように、妊娠が分かったとたん、上司からのひどい罵声を浴びたり、嫌がらせを受けました。
そんな事が積み重なり、「自分はこれから、家族と自分の体調を犠牲にしてまで、この仕事を続ける意味はあるのだろうか」と考え悩みました。
復帰しても、子どもの体調不良の時にすぐに迎えに行けない。
行事が重なってしまったら、園を優先しなくてはならない。
子どもの成長をそばでみることができない。
仕事のイライラで、心穏やかに自分の子に接することができるか分からない。
様々な事を考え、私自身は、子どもを預けながら保育士を続ける事は難しいと結論を出したのです。
「よし、一回きっぱりとやめ、新たな人生を見つけよう!」
そう一大決心をしたのでした。
退職・出産~新たな自分を見つける旅~
最初にお話ししましたが、私は、人からよく思われたい、人の顔色を気にしすぎる性格です。
そのため、新しい環境にチャレンジする事は、とても大変な事で、反対に継続する事は、そこまで辛くない事でした。
- ライフスタイルが「変わる」ことを恐れて続ける
- 踊れなくなること、体型が「変わる」を恐れ、ダンスを続ける
- どんなに辛くても職場の人間関係が「変わる」ことを恐れ、辞めずに続ける
今までの人生は、「変わる」ことを恐れて選択したことが多かったのです。
だから、退職を自分の意志で決め、上司に伝えることは、私の人生にとって、とてつもなく勇気が必要な事でした。
無事退職願いを受理された時は、よほどのストレスがあったのか、肩の力が抜け、数日後の休日に、急に思い出してしまい、1日中号泣していました。
そして、様々手続きを済ませ、退職。
数ヶ月後には、無事出産することが出来ました。
慣れない赤ちゃんのお世話にも少しずつ慣れてきた頃、そろそろ次の職種、今後のことについて考えるようになってきました。
出産を機に退職したので、猶予期間があります。
しかし、数年後は絶対に、働きにいかなくてはならない。
そのためには、どうしたら良いのか?どの職業が、自分にも子どもにも無理なくできて、成長を見ながら過ごせるのか。
そう、考えていた時、ケータイを見ていたら、ふとネット広告が目に入りました。
「在宅ワークで稼ごう!」
在宅ワークこれだ!と思いました。
家で働ければ、子どもの病気や行事にも対応出来るし、家の用足しにもすぐ対応できる。
早番遅番で、頭を悩ませることもなく、なにより人間関係に悩みすぎる私には、いいかもしれない!
そう思い、在宅ワークを調べ始めました。
はじめは、さまざまなアンケートサイトで登録&回答。
でも、労力がかかるわりに、思ったほど稼げず、がっかりしました。
「やっぱり働きにでないといけないかな」と思っていました。
そんなある日のこと、いつものように、アンケートをしたりネットをしていたところ、ある方のイン◯タグラムに目が止まりました。
その方は、未経験からライターになり、現在も活躍していると書いてありました。
在宅ライターになった経緯を載せていて、「ランサーズ経由で、在宅ライターになりました!」「段々書いていくうちにお仕事がもらえるようになった」と書いてありました。
「これだ!!」と思い、それから今度は、ランサーズに登録したのです。
ケントさんのチームに出会うまでの道のり
はじめは、ランサーズに登録してみたものの、「やはり、ライターは無理なんじゃないか」と思い、実績作りをしよう!と考えました。
簡単に答えられる「アンケート」をして、実績を作ろう!とタスク案件をポチポチ。
1件5円〜200円のものがあり、それをスマホでこなしていました。
ポイントサイトで答えるよりも、はるかに稼げるな!とはじめはウキウキしていました。
しかし、高単価な案件は、やはり専門家でないと書けないものばかり。
「なかなか自分が書ける案件がない。」
ヤル気はあるのに書けない。
モヤモヤした日々を送っていました。
アンケートをこなしていたある日、とあるアンケートから、「記事を書いてみませんか?」とお誘いがあり、試しに書いてみることになりました。
「文章なんて、小学生が書くような感想しか書けないんだけどな。けど、とりあえず頑張ろう!」
そう思い、なんとか書いて提出。
すると、「ありがとうございました!とてもよく書けていましたよ!」と褒めてもらえたのです。
あの時は、とても嬉しかったのを覚えています。
「ライターも、もしかしたら、出来るかもしれない!」
そうして、書けそうなライター案件にも挑戦してみよう!という気持ちになりました。
しかし、また、そこでもスムーズにはいかず、壁が立ちはだかるのです。
初心者ライター募集に応募し、合格!書きやすい案件ばかり3件引き受けることに。
テーマが簡単だったので、早速書いて提出!!
さあ、次々とやってスキルアップ目指すよ!と意気込んでいたのですが、フィードバックがスロー…。
「ヤル気あるのに〜〜何もしない日がもったいない!!!」
「スキルアップを目指しているのに、全然進まない!」
とまた、手持ち無沙汰になってしまうハメに。
そんな時に、ケントさんの案件をようやく見つけたのです。
(やっとやっと辿りつきましたね…(^_^;))
「きびしさゼロで、優しく指導します!!」
「20記事契約!」
そんな文字が目に入り、初めは応募しようか、かなり悩みました。
悩んだ理由は、20記事契約という部分です。
それまでは、3記事ほどの契約しかしたことがありませんでした。
しかし、引き受けたら最後まで、やり抜きたい。
けれど、20記事書ききれるかな…。
そんな不安が何度もよぎりました。
けれど、このままじゃ、全然スキルアップしないで終わってしまう!と一念発起し、ケントさんの案件に応募したのでした。
ライティングチームと執筆のやりくり
ケントさんのチームに入り、初めての事づくしで、ちんぷんかんぷん。
一方、同期ではじめた方々は、皆、ささっと書き上げ提出し、どんどん記事数をこなしているように感じました。
私はというと・・・元々文章を書くことは、それほど得意という訳ではなく、気が向いたら個人の日記を書く程度。
読書感想文では、中高生の頃でも『〇〇楽しかったです』のような文章しか思いつかなかったので、お世辞にも得意とは言えませんでした。
そんな所からスタートしているため、まったく良い文章が思い浮かばず、苦戦。
さらに、性格が邪魔して、チャットで質問を一言書くのにも、小一時間悩み、一苦労・・・。
「こんな調子で、20記事書けるのかな…。」とかなり自信を無くしていました。
でも、元々文章が苦手で、人見知りが激しい所からスタートしているわけだし、昔から「大器晩成型!」と言われ育ってきた私。
「ゆっくり学べばいいじゃん!」
「たぶん、向いてたら、そのうちかけるようになってくる。」
「初めからスラスラ書けたら、天才じゃん!分からなかったら、コツコツと学べばいい!」
そんな思いで、少しずつ執筆をコツコツとマイペースに開始しました。
そして、執筆になれてきたところ、新たな課題「子どもの夜泣き」が始まってしまいました。
パソコンを開いたら号泣して、起きてしまい全く進まず、それが昼寝時間、夜の時間と続き・・・1週間ほど全く進まない時期もありました。
どうやったらこの育児の合間に、書くことを習慣できるのか?
次は、自分にあった執筆方法を模索する日々が始まりました。
何度も執筆を繰り返す中で、私なりにスムーズに執筆できる方法を見つけました。
それは、添い寝で寝落ちしなければ、寝ている隣でスマホで執筆出来ること。
パソコンと比べると、はるかにスピードは遅くなってしまいますが、思いついた文章をスマホで打ち込み、パソコンで修正するという方式を編み出しました。
こうすることで、日常のちょっとした時間でも「調べる」「メモする」「執筆する」が身につき少しずつスピードアップし、自分の執筆パターンをつかむことができたのです。
あれほど、文章を書くことに苦手意識を持っていた私ですが、記事執筆に慣れてくると、「人に調べた事を分かりやすく伝える楽しさ」も分かり、今では暇さえあれば、執筆の事を考えています。
そして今ではこうして、「書人からの手紙」まで書かせていただけるくらいに成長することができました。
ライターの道を歩む これからの人生
これからのライターとしてのビジョンは、実はまだ、はっきりと見えていません。
しかし、目標があります。
それは、
- ライターとして、在宅ワークで生活できるくらい働く
- 家庭や身体を優先しても良い、新たな働き方を世の中に発信する
- 「変化」を恐れるメンタルに勝ち、自分に自信を持った生き方をする
今、ありがたいことに、直接契約も、もらえるようになってきて、少しずつ収入も増えています。
ライターとしての自分に少し自信がついてきました。
実は、私の住んでいる地域では、在宅ワークはまだまだ難しく、ましてやネットを使って仕事をしていると聞いたら、かなり驚かれるような場所に住んでいます。
しかし、きっと私のように、「在宅ワークで働けたら色々都合がいいのに」と心の中で、悩みながらも断念している人がいることでしょう。
そんな方達が、私の存在を知ることにより、「よし!私もやってみようかな?」と新たな1歩を踏み出せるようなきっかけになれたら、と思っています。
そのためには、少しずつコツコツと、毎日目標を立ててレベルアップしていくこと!
それが今の目標です。
「在宅ワークで働ければ、自分のペースでやりくりできる!」
「変わる」ことを恐れた私が、切り拓いた未来。
さあ、あなたも私と一緒に、新たな世界を覗いてみませんか?
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